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民主党!鳩山総理の実力は?日本の未来がかかってます!政治、経済にかんする日記です!
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安倍 晋三  プロフィール!
安倍 晋三(あべ しんぞう、1954年9月21日 - )

自由民主党に所属する衆議院議員。第90代内閣総理大臣(2006年9月26日 - 現職)。第21代自由民主党総裁(現職)。清和政策研究会所属。

親族の政治家として、母方の祖父の首相岸信介、大叔父の首相佐藤栄作、父の外務大臣安倍晋太郎、弟の参議院議員岸信夫などがいる。

学歴は成蹊大学法学部政治学科卒業。学位は政治学士(成蹊大学)。

大学卒業後、神戸製鋼入社し、外務大臣秘書官を経て衆議院議員となる。官房副長官、自由民主党幹事長、同幹事長代理、官房長官等を歴任。


<経歴>

1954年9月21日:東京都に安倍晋太郎 洋子夫妻の次男として生まれる。本籍地は山口県大津郡油谷町(現・長門市)。

1977年3月:成蹊大学法学部政治学科卒業

1979年4月:株式会社神戸製鋼所入社

1982年11月:神戸製鋼所退社 外務大臣(安倍晋太郎)秘書官

1993年7月:衆議院議員初当選

<政歴>

1993年7月:衆議院議員初当選

1999年10月:衆議院厚生委員会理事

2000年7月:第2次森改造内閣で官房副長官に就任

2001年4月:引き続き小泉内閣で官房副長官に就任

2003年9月:自由民主党幹事長に就任

2004年9月:自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任

2005年10月:第3次小泉改造内閣で官房長官に就任

2006年9月:自民党総裁に選出される


<人物像>

成蹊中学・高等学校を経て、平沢勝栄を家庭教師に迎え、成蹊大学法学部政治学科卒業。在学中はアーチェリー部に所属。のち南カリフォルニア大学留学(未卒業)。神戸製鋼勤務の後外務大臣であった父の秘書官等を経て1993年衆議院議員に当選。

2002年2月、大学の講演で「小型であれば原子爆弾の保有も問題ない」と発言。但し、小型原爆の「小型」の意味するところ、性能の程度は明示されておらず、更に講演の後の国会の答弁では資料を見ながらTNT火薬(火薬の代表として、核爆弾の威力を表す単位「TNT総量」に使用されている)をNTT火薬と誤読した。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による日本人拉致問題の真相究明に積極的な姿勢で、中山恭子内閣参与とともに拉致被害者と政府の信頼関係を築き対北朝鮮外交で強硬路線を主張した。この後、2003年9月小泉純一郎によって自民党幹事長に抜擢される。

幹事長時代には所謂「餅代」「氷代」の廃止、公募制の導入など党改革に着手。2004年の参議院選挙では目標の51議席を下回れば「一番重い責任の取り方をする」と引責辞職を示唆。結果は49議席だったが、しばらく現職に留まった後で辞任したが、9月から後任の幹事長・武部勤の強い要請を受け党幹事長代理に就任。

自民党内の「ポスト小泉」(次代の与党自民党総裁兼内閣総理大臣の意)の最有力候補(俗に言う麻垣康三)の一人であり、2005年10月31日付で発足した第3次小泉改造内閣では内閣官房長官を務める。同じく官房長官を務め、ポスト竹下登(ポスト小泉と同様、次代の与党自民党総裁兼内閣総理大臣の意)の最有力と言われた父と同じく総理・総裁候補となり、2006年9月20日、自民党総裁に選出される(病に倒れ総理・総裁の座に就くことのなかった父・晋太郎の悲願を達成したと言えよう)。

「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」会員、元事務局長。現在中川昭一と共に顧問をつとめる。これに関連し、NHKで女性国際戦犯法廷について取り上げた番組について、朝日新聞は、放映前に中川とともにNHKに対し、圧力を加え内容を修正するよう迫ったと報じた(2005年1月12日付け)。安倍は否定し、「NHKがとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した」と主張した。朝日新聞もその事実を改めて確認することはできなかったと報道。魚住昭は朝日の流出資料を基に『現代』9月号で圧力はあったと結論づけ、安倍を批判した。しかし、朝日が情報流出を謝罪しただけでうやむやに終わっている。

歴史認識を巡って反日騒動が起こった中華人民共和国(中国)と大韓民国(韓国)の態度を厳しく批判し、日本と中・韓との対立の一因ともなっている靖国神社へも参拝している。その姿勢は保守派を中心とした支持を得ている。又、自民党の山谷えり子らと共にジェンダーフリーの批判等も行ったり(実際に自民党内で「[過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト]の座長にもなっている)、憲法改正に関しては集団的自衛権の容認を打ち出す等、保守色の強い動きもある。

その為、安倍を「タカ派」と評す者も居る。
大変に寒がりで小池百合子環境大臣の音頭でスタートしたクール・ビズの一環である「国会内はワイシャツ・ノーネクタイ」が導入された当初背広で通していた。

2002年、政治経済部門でベストドレッサー賞受賞一族では大叔父の佐藤栄作が1973年、兄嫁の父である牛尾治朗が1981年に受賞している。

2006年の自民党総裁選では、ありのままの日本を知ってもらう為に多くの中国人留学生を受け入れるべきと主張し、小泉政権によって悪化した日中関係の改善に意欲を見せた。また、政権スローガンを「美しい国、日本」とし、教育改革に特に力を入れるマニフェストを掲げた。

安倍の妻の昭恵は韓流スターや韓国ドラマが大好きで韓国語までも習得したほどである。この影響を受けて安倍本人が小泉政権によって悪化した日韓関係の改善に乗り出してくれるのではないかと期待する声もある。


<家族 親族>

祖父・寛(政治家)、岸信介(政治家、首相)。
大叔父・佐藤栄作(政治家、首相)
父・晋太郎(政治家)
兄・寛信(妻はウシオ電機会長・牛尾治朗の娘)
弟・信夫(岸家へ養子、政治家)
妻・昭恵(第5代森永製菓社長・松崎昭雄の娘、第3代森永製菓社長・森永太平の孫)


<家系>

安倍氏 (奥州)の出自と称する。前九年の役にて源頼義、源義家率いる源氏に破れ、大宰府に配流された安倍宗任の末裔という。(有力な証拠はないが、傍証する資料については安倍宗任と安倍晋三に記載されている。)


<息子へ、夢を>

地元山口県にある吉田松陰記念館(萩市)には山口県出身・歴代総理大臣の蝋人形が展示されている。その片隅に、椅子に座った父・晋太郎の蝋人形がある。

これは、昭和60年(1985年)に、将来の「安倍晋太郎総理誕生」を想定して蝋人形が作られ、展示されたものである。少なからず歴代総理大臣を最も多く輩出してきた山口県の人たちの願望も込められていた。

当初、等身大に作られた晋太郎の蝋人形は、他の歴代総理大臣の近くに並べられ、ひときわ背が高く目立っていた。晋太郎が総理大臣になった暁には、最後に山口県から選出された佐藤栄作の隣に移すだけであった。

しかし「総理の椅子にもっとも近かった政治家」といわれていた晋太郎は死去(平成3年・1991年)し、その希望は叶わないものになってしまった。記念館では歴代総理と並べてひときわ目立つ安倍の蝋人形を並べて展示するわけにはいかず、足を折り椅子に座る形にして存続させた。

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<著書>

美しい国へ(2006年7月 文藝春秋 ISBN 4166605240)



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2006-12-07 Thu 08:23
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